ドッペルゲンガーの足跡
ドッペルゲンガーについての 調査報告 | |
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1 | コインを手にした者と同じ姿でヤツは現れる。 |
2 | ヤツは自分の理想、欲望、闇が具現化した者。 |
3 | ヤツはあなたの居場所を奪いに来る。 |
4 | ヤツに居場所を奪われるとあなたは消える。 |
5 | ヤツと逃げずに向き合わなければならない。 |
これまでのMr-.DォPpペルGぇNガ- 2
1章 救済者-4
解放されたのは何よりだが、気持ち悪さが拭えない。
先週、駅前のコンビニに行っただろうか?
うまく思い出せない。行っていない気がする……。
日はすっかり沈み、重い雲が空を覆っている。遠くで鳴くカラスの声が俺の心をより重く不安にさせた。
警察が家まで来ていたらどうしよう。今日の出来事を家族になんて言おう。
母さんは俺の様子が変わるとすぐに見抜くから、警察が来てなくても隠し通すのは難しい。
足元を見つめて歩みを進めていると、いつの間にか家の近くの十字路まで来ていた。
角を曲がるとわかる夕食の匂い。母さんの得意なおでんだ。一瞬にして、緊張の糸が解けるのがわかった。
冷えた指先をこすり合わせ、これまでの悪夢を振り払うように早足で家に向かった。
窓からは楽しそうな笑い声が聞こえる。帰宅が遅れたせいで、もうみんなで夕食を取っているようだ。
カーテンが少し開いた隙間から、父さんの顔が見える。隣に母さん。向かいには姉さん。そして……
信じられない光景に、一瞬ぐらりと眩暈がした。
姉さんの隣で、箸を持っているのは俺だった。
現実感が遠ざかり、立っている感覚がなくなる。
「今日は大変だったよ。変な事件に巻き込まれそうになってさ」
俺と同じ声で喋っている。
俺とそっくりの誰かが。
俺と同じ顔で、同じ声で、おでんを食べて笑っている。
いや、俺は俺だ。
じゃあ、そいつは誰だ?
俺は、まだ夢を見ているのだろうか?
その場に立っているのがやっとだった。
空はすっかり暗くなり、街灯がともり始めていた。
何度も首を振った。
事故のせいで頭がおかしくなってしまったんだ。きっと、そうだ。
そうじゃなかったら、この光景は一体なんだというんだ?
発狂しそうな現実を受け止められず、俺はふらふらとその場を離れた。
*
どれだけ時間が経っただろう。
俺は当てもなく歩き続け、気付けば人気のない駅前のベンチに座っていた。
空気は冷たく、しんと澄んでいる。そのままじっとしていると、感覚のない手足とは裏腹に腹が鳴った
世界に一人ぼっちになってしまったように感じた。
「財布にいくら入ってたっけ……」
鞄から取り出した財布の中身を確認する。
「……少な」
中身を確認して、思わずため息がこぼれた。
「おにぎりくらいなら買えそうだけど……
ん? これは……」
千円札の間から出てきたのは、ライブのチケットだった。
思わずチケットを空に掲げてまじまじと眺める。
これから、どうすればいいんだろう……。
寝るところもないし、泊めてくれるほど親しい友達もいない。
家も仕事もないし、ひとりで生きて行くなんて無理だ。
この悪夢が覚めることを祈るしかない。
幸い街灯があるので夜が更けても真っ暗になることはない。
それだけで今は十分だった。
(とはいえ、ずっとこのままってわけにはいかないよな……)
*
その時、少し離れたベンチに2人の女性が座った。
ひとりは帽子をかぶってマスクをしている。
その女性に肩をさすられている女性は髪がボサボサで、ワンピースもヨレヨレだ。
思わずそちらの様子を窺ってしまう。
2人は俺の視線に気づかずに話し始める。
「――無理しないでね」
女性の言葉に、憔悴した様子の女性が自虐的な笑みで応えた。
「居場所は失ったけど、これでいいのかもしれない」
「そんなことないわよ。あそこは、あなたの場所だったじゃない」
「もう、諦める。全部、初めから私にはなかったの……」
「でも、本当は自分の居場所に戻りたいんでしょ。だって大事な人だっていたのに……」
女性は、黙り込むボサボサ頭の女性の肩にそっと手を添える。
「すぐに答えを出す必要はないわ。
あなたは一人じゃない。さあ、行きましょう」
二人が立ち上がったとき、マスクの女性がこちらに気付いた。
「――あなた、大丈夫?」
「……え?」
思わず立ち上がると、目の前にいた女性が安心させるように柔らかく微笑んだ。
「居場所がなくなってしまったの?」
「え? どうしてそれを……」
「私たちは仲間よ。あなたも一緒に来るといいわ」
俺が戸惑っていると、駅前に大きなワゴン車が止まった。
「UO」と書かれた白い服に身を包んだ人が乗っているのが見える。
彼らは男女混合で、歳もバラバラだ。
(なんの集団だ……?)
怪しい宗教団体だろうか、と身構える。
降りてきた男性が声をかける。
「お迎えに上がりました。いつでも出発できます」
「ありがとう」
女性はマスクを取った。
女性というには随分幼い顔立ちだった。
見間違えるはずがない。
くるりと丸い目。
すらりと伸びた手足、サラサラの黒髪。
透き通るような白い肌。
彼女は――。
「――マリン?」
「私を、知ってるの?」
「本物!? どうしてマリンがここに!?」
思わず叫ぶ俺に、マリンは困ったような視線を向けたのだった。
これまでのMr-.DォPpペルGぇNガ- 1